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208921 なるほど。しかし…   道徳は身をもって己が学ぶもの。教えてもらえばいいなどと甘いことを言ってはいけないのでは。
 
朝霧 壱 ☆+。*゜  ( 中3 ♀ ) 12/06/10 PM04
教育現場にそれを求めるのは少し無理があると思うな。
人生は自分で切り開くべきだ。他人が肩代わりできるものではない。

小中学校を「人間形成の一環」ととらえているようだね。
今の学校は道徳を「カリュキラム」としている。君の言うとおりだと思う。
ただ、昔と違って今は、それをカリュキラムとして組まなければ成り立たない¥況になっているのも事実ではないか?

まずはそれに対して意見を述べる。
ゆとり教育をいくら見直したとはいえ、その世代が今の小中学校の親世代の多くを占めている。先生もその世代が増えている。〈…文章表現が傲慢かもしれません;〉彼らが教育する子供はどうなるか。
…そう考えると。
絶対的な〈むしろ強制的と表現してもいい〉サポートがないと難しいのが現状ではないか?


先生が人生を説くべきというものに意見。

近所のおじいちゃんやおばあちゃんが、生活の知恵を教えてくれたりしていたものが、今はインターネット(これもそうだな)で安易に、どんな情報でも手に入れることが出来る。
それが対人関係、教育方法に影響しているとしか思えない。
あくまでも、学校は勉強するところだ。
だから、学校には同じぐらいの年代の人が集まる。
つまり、学校内で知るのは知識だけじゃない。人とのかかわり方もある。
それも、聞いたり、教えてもらったりするのではなく、自分の身をもって学ぶものだ。

せっかくいい知識を有していたとしても、対人関係が希薄になった状態では、その知識は無駄だ。おそらく、君のお爺さんは対人関係を円滑にする術を身をもって知っている。それは学校へ行って身につく「知識」というものではない。

すなわち。
いくら先生が子供達に人生を説いたとしても、子供に先生の人生を知ることはできない。
記憶としては残っても、知識として有すことはできない。
先生の人生は知識というひと言では絶対に表せない〈生き様〉だからだ。
先程も述べたように、それは、聞いたり、教えてもらったりするのではなく、自分の身をもって学ぶものだからだ。


あくまでも、知識と道徳は別物だ。
 
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